はじめに
ステージマジックの手品論を連載してから6日目です。
ここで紹介する理論は私の手品に対する考え方を大きく変えた「児嶋達」の理論を私なりに噛み砕いて文章化したものです。
この理論は個人的な考えであり、みなさんにはこれを元に、時には批判的に構築して頂きたいと思います。
ストーリー
近年学生マジック界では、手品におけるストーリーということが盛んに語られています。
しかし、この「ストーリー」の考え方を誤解している方が多く見受けられるのでここで提示したいと思います。
ストーリーの由来
本題に入る前に何故学生マジックでストーリーが語られるようになったか、ということをお話しましょう。
学生マジックはもともと他のマジック界と完全に分離しており、自己満足によって成り立っているといわれるほどのものでもありました。
2009年のFISM北京大会で加藤陽氏がマニピュレーション部門で見事優勝をしたことをきっかけに学生マジック界は変革していきました。
「魅せ方」というものを学ぶようになったのです。
この「魅せ方」こそが「ストーリー」の本質であります。
近年のストーリーの誤解はその語彙に引っ張られるものと思われます。
つまり、設定を与え、演劇の様に物語が進行していくというスタイルのものです。
しかし、ステージマジックのような5分前後の世界で物語の起承転結が上手に語られることは稀です。
ストーリーとは?
では、どのようなものが「ストーリー」と感じられるのでしょうか。
加藤氏の例では、ネクタイが棒になって、棒や棒の先の色で遊び、最後にネクタイに戻る。
このような「流れ」を「ストーリー」と呼ぶのです。
他にもいくつか見てみましょう。
伝々氏の場合では、封筒から手紙を出す、それが勝手におられて折鶴になる、折鶴がたくさん出てきたかと思えば、折鶴の一羽が手紙の束になったり、手紙の束が空中からたくさん出てきたかと思えば封筒になったり、折鶴になったり。
ここまで言うと勘のいい方は気づいたかもしれません。
「ストーリー」の考え方で重要なのは「変化現象」です。
よくあるプロダクションマジックの典型は出して捨てて出して捨てての繰り返しです。
変化現象で手品と手品をつなぐことにより流れが生まれ「ストーリー」となるのです。
「ストーリー」を誤解したプロダクションマジックの手順でよくあるのは
何かが欲しい、出す、喜ぶ、捨てる、もっと欲しい、出す、喜ぶ、捨てる、あれも欲しい、出す、これではない、悲しむ、捨てる、もう一回出す、思い通りのもの、喜ぶ。
といったものがあります。
しかしこれは一見ストーリーが形作られているようで、飽きます。
なぜかというと観客は次に何が起こるのだろうというワクワク感から、次はどうやって出すのだろうという思考に変わるからです。
これでは手品のタネもばれやすくなってしまいますね。
また「ストーリー」において流れが大切であると述べましたが、同時に「設定」も大切になってきます。
設定は下記の2点が大事になります。
・扱っている道具が何なのか?
・演者はどういうキャラクターなのか?(これは衣装やMt、照明効果などによって決まります。)
道具や照明効果にはこだわる一方で、衣装やMtを軽視している演者をよく見受けられます。
例えば、黒い布を被せただけのMtなどがそれにあたります。
Mtに黒い布を被せただけでは観客はそれを「黒くて怪しい物体ある」という風に思われないでしょうし、演技の雰囲気も伝わりづらいでしょう。
本を使った設定で演技をするのであれば、黒い布を被せたMtの代わりに本棚や机などを使用します。
そちらの方がより観客に設定が伝わります。
このように設定を明確にすることで、演者のキャラクターが観客に伝わりやすくなります。
そしてそのキャラクターの起こす変化現象が手品と手品をつなぎ「ストーリー」となるのです。
続く…
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