終わりに「ステージマジックの手順構築」

手品論

終わりに

私(児嶋達)がこのような理論を考えるに至った経緯を少しお話しましょう。

私が初めて舞台に立ったのが、大学3年生の5月、2014年の春の連盟発表会でした。

1,2年生のころはジャグリングをやっていてむしろステージマジックは嫌いでした。

なぜならサロンマジックと違って観客との距離が遠く、顔が見えない、コミュニケーションが取れないと思っていたからです。

もちろん今ではこの考えは間違っているということに気がつきましたが…

その頃マジックが嫌いだった理由がもう一つあります。

ジャグリングサークルのジャグラーたちに比べて、マジックサークルのマジシャンたちは練習をしない、ということです。

この状況は今でもたぶん変わりません。

技術がそのまま出やすいジャグリングの特性からくるものもあるとは思いますが、とにかく幼い私は練習をしないマジシャンが嫌いでした。

もちろんマジシャンにもいいところはあります。

それは芸を見せるだけでなく「魅せる」というところです。

最近はジャグラーもこれを見習って「魅せる」ように心がけているということを聞きうれしく思っています。

私がステージマジックに興味を持ったきっかけは2013年の早稲田大学マジッククラブのMagical Networkでした。

初めてさまざまな手品の「タネ」を見ることができてショックを受けました。
(それまでは練習会にも参加していなかったため、ほぼ何も知らなかったのです。)

そこで、たまたま空いてしまった連盟委員の枠に入り込み、他大学の学外発表会を見ました。

そして2013年秋の連盟発表会。

言わずもがな、学生マジシャンのあこがれの舞台でスタッフをやりました。

練習会で見た素晴らしい妙義の数々に私は惚れ込み、夢奇房に入るに至ったのです。

夢奇房では秋連の比ではないくらいの経験をしました。

これらの舞台で私は知識や経験を積んでいったのです。

また、この時期に大切な同期との出会いもありました。慶應義塾大生の宮部くんです。

彼は卓越した理論を持つ人物で、私も彼から非常に影響を受けています。

学生マジック界ではたまにあることですが、彼もまた忽然と消え去ってしまった人物の一人です。

彼は理論を持っていましたが、それを舞台で実現する前にこの世界から消え去ってしまったのです。

そんな私が初めて立った春連の舞台、全てが新鮮で刺激的でした。

思い入れが強かった分、失敗した本番後は大泣きしましたが、今となってはいい思い出です。

今でも一番楽しかった舞台はなんですか、と聞かれたら「春連です。」と答えています。

私が理論を大切にしている背景はこれだけではありません。
私は文化構想学部所属でしたが、ここでは舞台芸術について主に学んでいました。

舞台空間の使い方から芸能の歴史まで、幅広い論について触れてきました。

もちろんこれらだけでなくプロの方からのレクチャーや奇術師範との会話、書籍による情報収集等様々な場所から私は知識を吸収してきました。

しかし本文を書いていて一番残念なことは、私自身誰からどの話を聞いたのかを詳細に記憶していないために、出典が書けなかったことです。

しかし、私が噛み砕いて解釈している物ではありますので、今度は皆さんに本文から学んでいただければと思います。

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